《「継続審査」の決定を受けて》
長野市議会16日の総務委員会では、国会の与党協議の場に「自衛権発動の新たな3要件」が提示され、公明党が限定的行使容認に転じる状況となり、閣議決定に向けた布石が着々と積み上げられる中、市民団体から提出された「集団的自衛権の行使は憲法上許されないとする政府見解の堅持を求める請願」などが「継続審査」となってしまいました。
重大な局面で、「無責任!何とも歯がゆい想い」と心情を述べてきました。
*140617無責任な「継続審査」…集団的自衛権
《せめて「慎重審議」の意思表示を模索》
17日には政府から閣議決定文案の原案が示され、国会会期末をにらみ、憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使容認に向け急展開します。
一方、県内の市町村議会では集団的自衛権の行使容認に異議ありとする意見書が相次いで採択されるもとで、長野市民に対して、そして国に対して、長野市議会としての何らかの意思表示をしたいと考え、私から、保守系の最大会派である新友会をはじめとするすべての会派の代表に18日朝から、議会事務局に議員発議の意見書提案の可否について確認した上で、「集団的自衛権の行使容認に関して、十分な国民的議論と国会での慎重審議を求める意見書」の案文をつくり、議員発議による意見書として全会一致で採択することを模索しました。
「共産党」と「改革ながの」の2会派からは「賛同する」と即答いただきましたが、緊急性と意見書案の文言をめぐり、渋った(ゴメンナサイ!)のが「新友会」です。
《ネックになった手続き論と文案》
長野市議会には、請願に寄らない議員発議の意見書案の提案は、「議案質疑の発言通告日まで」とする申し合わせ事項があります。この期日は今議会では6月11日。ただし、「緊急性がある場合」を例外的に認め、議会運営委員会の判断に委ねています。
要するに、「新たな議案を提案できる締め切りを過ぎている。果たして緊急性があるのか」という手続きの問題と、「慎重審議を求めるにしても文言のハードルが高い」とする内容の問題でした。
私が作った文案は(敢えて公開しませんが…)、集団的自衛権の行使容認に対する是非を捨象し、事実のみを整理したものですが、「集団的自衛権の行使は許されないとした1972年政府見解の結論」を引用した部分と「国際紛争を解決する手段は、武力のみに頼ることなく、徹底した平和外交の展開にある」とした点がネックになったようです。
新友会では、「緊急性」に関しては「国会承認規定が新たに提案された」点をとらえ、「緊急性がある」と判断。また文案については、タイトルはそのままで文言を大きく修正し「玉虫色」とすることで、合意に至ったようです。
「新友会」案が示されたのは、19日の議会運営委員会の直前。私は、文言修正を受け入れ、全会一致の議決に向け「大人の判断」をさせてもらいました。
《「慎重審議を求める」意見書のポイント》
こうした経過を辿り、19日午後の議会運営委員会で議員提案の意見書案を新たな議案として本会議に上程することが決定され、翌20日の本会議における全会一致の議決となりました。
意見書は「集団的自衛権の行使容認については、わが国の安全保障及び国民生活にかかわる重要な問題であり、今日の国際情勢の下で、恒久平和の維持という観点から、幅広い議論が必要」との認識を示し「国において、十分な国民的議論と国会等での慎重審議を尽くすよう強く要請」する内容です。
《種を撒き、実ったことに安堵》
種を撒かせたもらった者として、長野市民に対する一定の責任を果たすことができたと思いますし、市議会の意思を示すことができたことにちょっとは安堵しています。
今回の顛末は、与党的立場にある議員の中にも、「安倍総理は余りにも拙速ではないのか」「憲法が禁じてきた集団的自衛権の行使容認に向って、このまま突き進んでいいのか」といった懸念や危惧がくすぶっていることの証でしょう。自らの良心に従い行動されることを願ってやみません。
《これからが正念場》
自民党からは、集団的自衛権の行使容認に加え、「国連の集団的安全保障」の枠組みへの参加など、海外での武力行使の歯止めを全面的に解除しようとする動きが露わになってきています。
7月初旬には閣議決定強行の重大な局面を迎えつつあります。そして、閣議決定されれば、自衛隊法や周辺事態法などの関連法の「改正」が待ち構えています。
これからが正念場です。