9月市議会に、「長野市暴力団排除条例」議案が提案されています。「反社会勢力」・「社会悪」である暴力団を排除し、安全で平穏な市民生活を確保することを目的とする同条例は、既に全国47都道府県すべてで制定され、中核市では42市中35市で(制定率83%)、県内市町村でも長野市と軽井沢町を除く75市町村で制定されています。自治体条例としてはトレンドになっているものです。
しかしながら、この条例については、法の専門家やジャーナリストから憲法で保障された基本的人権を制約しかねない問題が指摘されるなど、議論を残しています。
今日の総務委員会では賛成多数で採択
今日の総務委員会で審議されました。
暴力団排除条例は、暴力団を直接排除するものではなく、暴力団を利する行為を規制するものであること、そのために市や市民、事業者の責務を規定していること、「暴力団と密接な関係にあるもの」「暴力団関係者」の定義は、警察に判断を仰ぐこととなり、警察の恣意的な判断と運用の拡大を招く危険性は拭えないこと、「被害者」を「加害者」「協力者」として対応することになること、暴力団と知らないで利益供与に至った場合も規制対象となることなどが市側の答弁から明らかになりました。いずれも疑念を払拭するような説得力のある答弁とは言い難いものです。
ましてや、「市民の不利益となるケース等についてこれから考えたい」とする答弁には驚きです。市民の利益のために制定する条例のはずなのに、それによって不利益が生ずる可能性、危険性について何ら検討されていないことは、重大問題です。まさに「制定ありき」の対応といわなければなりません。もっと慎重な検討が求められます。
さらには、県条例と相互補完の関係にある市条例と説明しながら、県条例の中身について熟知されていない実態も明らかになりました。
私は、市側の答弁を聞き、市民の基本的人権が制約・侵害される危険性が拭えないこと、暴対法により禁止されている27の犯罪行為等をしっかりと取り締まることが先であること、警察の恣意的な判断によって拡大解釈、運用の拡大が拭えないことから、条例案には賛成しませんでした。暴力団追放キャンペーンなど市民力による運動を強めることが優先課題であると考えます。
条例案は賛成多数で可決されてしまいましたが、本会議での議決の対応について、さらに考えたいと思います。
条例案のポイントと問題点についてまとめてみました。(未整理ですが)
暴力団とは?
「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(いわゆる暴対法)により、「その団体の構成員が集団的にまたは常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」(第2条2号)と規定されています。日本における暴力団は、反社会的勢力であるとはいえ、合法的に存在する組織となっています。
長野県警の調べによると、県内には32団体が存在、団員数は約840人とされ、長野市内には県内の約10~20%程度いるとされます。総務委員会では市内に1団体で構成員は100人~150人とされました。
構成員等は減少傾向にあるとものの、依然として社会経済活動に介入し悪影響を及ぼしており、恐喝や覚せい剤などの密売の違法行為に加え、貸金業等の事業活動や資金獲得活動等を行い、その勢力の維持拡大を図っている実態にあります。市内の繁華街では「みかじめ料」(用心棒代)を要求する行為が水面下でかなりあるともされています。
こうした実態において、暴力団の犯罪行為・不法行為が毅然として取り締まられ、社会的に孤立化させていくことは重要な課題です。
暴力団が入り込めない仕組みづくり…市の条例案
長野市は、長野県が条例を制定したことを契機に各市町村でも制定されてきていること、長野市では、暴力団に対して、市営住宅への入居制限や市の公共工事等からの排除を行ってきたが、暴力団排除に向けた全国的な取り組みに呼応し、暴力団が入り込めない仕組みづくりが求められることから、「県条例との相互補完を図りながら、長野市暴力団排除条例を制定する」としています。
条例案は、基本理念として第3条で「暴力団の排除は…暴力団を恐れないこと、暴力団に対して資金を提供しないこと、暴力団を利用しないことを基本とし、社会全体として推進されなければならない」とし、「市の責務」「市民及び事業者の責務」を定めるとともに、「市の事務・事業等の措置」「市の公の施設の利用制限」を規定しています。
事業者の利益供与の禁止、祭事からの排除、暴力団事務所の開設等の禁止、青少年の教育に係る支援、暴力団員との契約の禁止及びこれらに違反した場合の罰則などは長野県条例が適用されるため長野市条例では規定しないとされています。
しかし、「市民の利益供与の禁止」「市民の暴力団の威力を利用することの禁止」条項が盛り込まれています。
「暴力団が入り込めない仕組み」の中に、市民や事業者の責務が盛り込まれ、暴力団に関わる市民・事業者の行為、暴力団と密接な関係にあるものと関わる市民・事業者の行為が規制対象となっていることが大きな特徴です。
何故、条例が必要なのか?
暴対法では、暴力団に対し27の行為を禁止しています。みかじめ料を要求する行為、口止め料を要求する行為、利息制限法に違反する高金利の再建を取り立てる行為、不当に集会施設等を利用させることを要求する行為、公共事務事業の入札に参加させることを要求する行為などが含まれています。
あえて市として条例を制定しなければならない積極的な理由がわかりません。県条例もいかがなものかとは思いますが、暴対法と県条例により対応することが十分にできるはずです。
暴力団の取り締まりは強制力を持つ警察の仕事
法の禁止事項を取り締まるのは警察の仕事です。しかし、暴対法が制定されても暴力団の活動を十分に規制できない、暴力団を利用する、あるいは恐怖心から利用せざるを得ない住民・事業者が絶えないことから、暴力団を利用しようとする住民・事業者を規制しようとの意図から生まれてきたのが、この「条例」なのではないでしょうか。「警察対暴力団」の構図を「社会対暴力団」の構図に置き換え、自治体や住民、事業者にも罰則付きで責任を分担してもらおうとの意図があるのではないでしょうか。結果、市と市民、事業者に暴力団排除に協力するよう義務を課し、本来、警察の仕事である領域に強制力を持たない市民等が否応なく巻き込まれることになってしまうのではないでしょうか。
「被害者」が「協力者」「加害者」に
例えば、「みかじめ料」などの資金提供を遮断し、暴力団に資金が流れないようにすることを一つの目的にしています。市内の繁華街でも「みかじめ料」を「断ったら脅かされる、店がつぶされる」といった恐怖で資金を提供せざるを得ない実態にあるとしています。
「暴力団は加害者、事業者は被害者」と位置付け、被害者を守るために加害者である暴力団を取り締まってきました。
ところが暴力団は減少しないし暴力事件も後を絶たないことから、進んで資金提供をしようと脅かされて資金提供しようと、いずれにしても資金を提供し暴力団の生活を成り立たせ支えている、すでに「被害者」ではない、一緒に取り締まらなければならない、こんな発想が見えてきます。
被害者が加害者に転じてしまう本末転倒ではないでしょうか。
*2011年11月に「県条例違反で初勧告」。みかじめ料を要求した暴力団員と支払った風俗店経営者に対し、県条例に基づく勧告が出された。条例違反で勧告・公表対象となる。
恣意的な運用・拡大解釈が懸念
例えば、条例案6条の「市の事務及び事業における措置」では、1項に「暴力団を利することとならないよう、暴力団員または暴力団もしくは暴力団員と密接な関係を有するものとして市長が定める者を市が実施する入札に参加させないことその他の必要な措置を講じる」とあります。また2項には「市は市の事務事業の契約の相手方に対し、暴力団員または暴力団関係者を市の事務事業に係る下請その他の契約の相手方としないよう必要な措置を講じることを求める」と規定されます。
7条の「公の施設の利用制限」では「市長等は、公の施設の利用が暴力団の活動を助長し、またはその運営に資すると認める時は、当該利用の許可をしないことができる」と規定されています。
そもそも「公の施設の利用」は「公序良俗条項」に照らして対応することができると思いますが、それはそれとして、誰が「暴力団と密接な関係にあるもの」や「暴力団関係者」に該当するのか、「必要な措置」とは何なのか、「暴力団の活動を助長し、運営に資すると認める」場合は、どんなケースなのか、それぞれ定義が定かでなく曖昧です。結局、この判断は警察や県公安委員会に委ねられることになります。
暴力団員の家族・子どもは「暴力団関係者」となるのか。暴力団から抜けようとしている市民、あるいは抜けたとする市民(5年以上経過しないと条例の対象から適用外とならない)は「暴力団関係者」に規定されるのか。暴力団への利益供与はどんな行為をさすのか。暴力団と知らないで出前をしたり記念撮影したりする行為は利益供与になるのか、いずれも判然としていません。
いずれも警察及び県公安委員会の判断を仰ぐことになります。警察の恣意的な判断が基準となってしまう恐れは拭えません。拡大解釈されることにより、市民やNPO、政治団体などが不利益を被る危険性は全くないのでしょうか。警察は強制力を持った権力機構です。警察国家は求めるところではありません。
職業・身分・地位で差別することにつながらないのか
暴力団排除条例について、法の専門家からは憲法に定める基本的人権に抵触すると指摘されています。暴力団の構成員であることをもって、あるいは暴力団と密接な関係にあることを持って、規制対象とされ、人を職業や身分・地位で差別することを強いることにつながらないのか。犯罪がおきてからではなく、罪を犯す前から、相手を排除してしまう人権侵害の恐れはないのか。暴力団員の家族・子どもの人権、暴力団を抜けようとしている人の人権を侵害することにつながらないのか。疑念は拭い去ることができません。
暴力団排除条例に異議あり
もとより暴力団には反対です。暴力団を擁護するつもりも全くありません。暴力団による犯罪行為には毅然とした対応が必要不可欠です。
しかしながら、条例が暴力団を直接的に規制・排除するものではなく、暴力団に関わる市民や事業者の行為を規制することを柱としていること、規定の定義が曖昧で、拡大解釈、運用次第で人権侵害につながる危険性を孕んでいることから、条例には異議ありとするところです。
暴対法が施行されて20年余経過するのに、なぜ未だに約8万人もの構成員がいるのでしょうか。その背景には貧困・格差、差別といった根深い問題が横たわっています。社会構造の矛盾にメスを入れてこそ、暴力団の犯罪行為等を根絶していくことになるのではないでしょうか。