ミャンマー交流フェスタin信州…成功裏に開催

10月29日、「ミャンマーを忘れない!」を合言葉に「ミャンマー交流フェスタin信州」が市内セントラルスクエアで催され、1,000人を超える皆さんに足を運んでいただきました、長野市や安曇野市、上田市、千曲市、坂城町などに在住する県内ミャンマー人に加え、東京在住の在日ミャンマーコミュニティの皆さんも大型バス1台で合流、100人を超える在日ミャンマー人の皆さんに参加いただき、ミャンマーの伝統芸能や食を通して交流を深めることができました。

ミャンマーでは2021年2月の軍事クーデター以降、国軍は軍政に反対・抵抗する市民に武力を振りかざし、死者は4千人を超えています。弾圧と経済の混乱が広がる母国から逃れ、隣国で不安を抱えて暮らす人々もいます。

苦境にさらされながらも平和と自由を求め続けるミャンマー民衆の「今」を忘れず、支援を広げていきたいとの想いで企画されたものです。

心配された天気にも恵まれ、肌寒さがありながらも、ミャンマーの皆さんとあったかい心持ちで素敵な一日を過ごすことができました。

大事なことは、在日ミャンマーの皆さんの笑顔の裏にある母国の惨劇への深い悲しみと苦悩、そして不屈の闘志を痛感できたことです。

フェスタの収益は、全額、支援金としてミャンマーに送り、国内の避難民支援にあてることにしています。このイベントでの収益金額は集計中、改めてお知らせします。

余談ですが、ステージの横断幕には「ミャンマー交流フェスタin信州」をミャンマー語でも記載したのですが、フォントの違いによる間違いが指摘され急遽切り取ることに…。それでも”いい感じ”で一安心でした。

ミャンマー民主化を支援する信州の会(代表=若麻績敏隆・白蓮坊住職)や在日ミャンマーコミュニティの皆さんが中心となった実行委員会(委員長=青木正彦・アジア子ども交流支援センター代表)が、長野県や長野市の後援を得て主催したもので、私も実行委員の一人で運営に携わってきました。

チェターヒン(鶏肉のカレー)やモヒンガー(米粉細麺とスープの煮込み)、ミャンマー風焼きそばなどのミャンマー料理の提供に長い列ができるほど。民族衣装のコーナーも好評でした。

ミャンマー民主化を支援する信州の会では、国軍クーデターに民主化を求め抵抗を続けるミャンマー民衆の「今」を伝えるブースを開設、ミャンマーへの理解を深める一助となりました。

ミャンマー市民労働組合の皆さんによる労働相談・健康相談のブースも開設。

善光寺木遣り保存会(会長=荻原健司・長野市長)の皆さんの木遣りの披露で始まったフェスティバルのステージでは、ミャンマーの伝統的踊りや歌、日本の蹴鞠に似た「チンロン」が披露されるとともに、日本側からはダンススタジオブロードウェイ(白鳥バレエ学園)の皆さんのダンスや「七福太鼓」(長野市内)の皆さんの勇壮で軽快な和太鼓が披露され、日本とミャンマーの文化・芸術・芸能の交流を堪能することができました。

しかしながら、こうした民族舞踊は、クーデター後、踊ることができなくなっている厳しい現実があります。

ミャンマー少数民族の伝統舞踊

日本の蹴鞠に似た「チンロン」。竹でできたボールを使います。ミャンマーでは伝統的なスポーツの一つ。巧みなボールさばきは芸術的。安曇野市で農業の技能研修を続ける若者たちの披露です。

ダンススタジオブロードウェイ(白鳥バレエ学園)の皆さんの溌溂としたダンスの披露。

七福太鼓の皆さん

善光寺木遣り保存会の会長を務める荻原健司・長野市長には、木遣りに参加いただき、来賓として激励の挨拶をいただきました。

広場では、蹴鞠に似た「チンロン」に日本の若者も飛び入り参加。チンロンは1500年もの歴史を持つ、ミャンマーの伝統スポーツのひとつだそうです。

国軍クーデターに抗し民主化を求め続け、信州の会の取り組みにも参加いただいてきている在日ミャンマーの代表からは「信州の地での交流フェスタの催しに心から感謝する。大きな支えだ。私たちは平和と自由のために国軍の残虐な支配に必ず終止符を打つ。最後まで戦い抜く。ミャンマー忘れず、日本の皆さんの支援をお願いしたい」と力強く感謝と決意が述べられました。

ミャンマー民衆が国軍独裁への「抵抗」「反逆」の意志を込めて掲げる三本指のサイン。ミャンマーに平和と自由を…ラストを飾ったミャンマーの皆さんの大合唱には、感動のあまり涙ぐんでしまいました。

ウクライナ、パレスティナで続く戦争の惨禍…世界は分断と破壊の時代に直面しています。私たちは平和と自由を求める民衆とともにありたいと願います。

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