4日、JR長野駅前で、凶弾に倒れた安倍元首相の国葬に反対し中止を求める街頭宣伝を行いました。
戦争をさせない1000人員会や9条の会、県護憲連合、県憲法会議など6団体が呼びかけた行動で、立憲民主、共産、社民の野党代表も参加し、100人の市民らが国葬反対の声を響かせました。
政府は安倍元首相の国葬を今月27日に東京の日本武道館で行うことを閣議決定し、2億5千万円の国費を投入します。
市民団体の代表や野党代表からは、個人の葬儀を国葬とする法的根拠がないこと、税金で賄われる費用について、警備費も含めた総額が示されていないこと、安倍元首相の評価は定まっておらず国論を二分してることなどを強く指摘、国葬に反対し国葬の中止を訴えました。
そもそも「国葬」は、明治憲法下においては天皇の勅令である「国葬令」に基づき行われていましたが、「国葬令」は日本国憲法に不適合なものとして1947年に失効しており、「国葬」を行うことについても、その経費を全額国費から支出することについても、現在は法的根拠がありません。岸田内閣は国葬の根拠について内閣府設置法で内閣府の所掌事務とされる「国の儀式」にあたるとの見解を示していますが、内閣府設置法は内閣府の行う所掌事務を定めたものにすぎず、「国の儀式」に「国葬」が含まれるという解釈は、法治国家の原則を逸脱するものと言わなければなりません。
国葬の要件を定めた法もなく、公費の支出についても国会の審議も議決も一切行わないまま閣議決定による一方的な実施となっています。これは憲法83条の財政民主主義の原則からも反します。岸田政権は予備費から約2億5千万円を支出するとしていますが、警備の徹底もするとなれば多大な費用ともなります。
また、国葬によって「礼さん」する社会的な影響や学校教育への影響も避けて通れません。岸田首相は「自治体や国民に弔意を強制しない」と強調しますが、「国葬」とすること自体が、この国の主権者である国民一人ひとりに弔意を強制することになるのです。憲法で保障された「思想・良心、表現の自由」「個人としての尊厳」を侵害するものであり、「立憲主義に違反する」との憲法研究者たちの『国葬反対の声明』も出されています。報道各社の世論調査でも、「国葬反対」(47.3%、時事通信社8月)、国葬を行うことを「評価しない」(50%、NHK8月)など、「反対」、「評価しない」が多数です。
一部公費負担を伴うとはいえ、これまでの内閣・自民党合同葬で十分です。国葬はやめるべきです。
安倍元首相の「もりかけ」「桜を見る会」などの政治の私物化、憲法が禁じる集団的自衛権の行使を盛り込む安保法制の強行、そして憲法の明文改悪への執念など、この国の政治をとことん劣化させた責任に免罪符を与えるのが「国葬」に他なりません。
因みに、長野地区護憲連合で長野市議会に「国葬の中止を求める陳情書」を提出しています。本来であれば「請願」で提出し議案として審査・議決を求めたいところなのですが、議決が「国葬」実施日の9月27日となることから、国葬賛成派から「国葬実施後の議決となること自体、議案審査として適当ではない」といった入口・手続き論で不採択となる可能性が強く、国葬そのものの中身の議論にならないことが予想されるため、国葬反対の市民の声があることを示す「陳情」としたものです。「陳情」は資料として議員に配布されるだけとなります。
その分、外で市民の皆さんに「声を上げよう」と訴えることを重視したいと思います。9月27日、国葬実施日の朝にも街頭アピールを行う予定です。
ネット署名の取り組みもあります。私も賛同しました。ご協力を。