20日ぶりのブログ更新です。PCの不調が続いたこともありますが、ご無沙汰で申し訳ありません。
さて、8日(月)、地元安茂里の小市地区に残る旧海軍が掘削した地下壕について、戦争史跡として文化財に指定登録するよう要望しました。
安茂里地区に残る地下壕は太平洋戦争末期の1945年に旧海軍直属の第300設営隊(山本将雄隊長・技術大尉)が着工し、海軍の軍令部1000人を収容する大規模な計画とされたものの100メートルほど掘って終戦となりました。旧陸軍による松代大本営地下壕とともに軍部による「本土決戦」に向けた準備の様子を今に伝えています。
要望したのは、旧海軍地下壕の保存・公開に取り組んでいる「昭和の安茂里を語り継ぐ会」(共同代表=塚田武司さん・岡村元一さん)の皆さんで、近藤守教育長らに要望書を手渡し意見交換しました。
私も会員で相談役を仰せつかっており、一緒に立ち会わせていただきました。
要望に先立ち、海軍通信隊の宿舎だった塚田佐元市長宅に残されていた海軍使用の金庫や鉄かぶと、食器類などを庁舎前広場で披露。また、松ヶ丘小学校4年生の地下壕見学で寄せられた感想文も持参し、「戦争と平和を考える生きた学習の場。戦争の歴史を学び、史跡指定を通して平和を願いながら後世にしっかり伝えていきたい」と訴えました。
教育長は、「会の皆さんには、熱意をもってよく調査いただき、小学生にも伝えてもらい本当にありがたい」と感謝と労いを述べましたが、史跡指定については文化財課長が「松代大本営地下壕跡など戦争遺跡の評価について国の方針が示されていないこともあり指定は難しい状況にある」としました。
また、保存・公開に向けた支援も求めましたが、「県の地域発元気づくり支援金など既存の制度の活用を検討してもらいたい」と述べるにとどまりました。
直ちに前向きな回答が得られるとは想定していなかったものの、ちょっと残念な対応でした。
でも、旧海軍地下壕の存在と保存・公開の意義、安茂里の有志の皆さんの取り組みと熱意は共有することができたと受け止めています。まずは第一歩です。
現在、長野市では、文化財保護法に基づき「市文化財保存活用地域計画」づくりに着手したところで、地域に眠る文化財の掘り起こしを市民と連携して始めようとしています。当面は近代史よりも江戸時代以前の掘り起こしがメインになるのかもしれませんが、問題意識をもって前向きに取り組んでもらいたいと思います。
今夏の取り組みはTVニュースをはじめマスコミで大きく取り上げてもらいました。苦労して持ち込んだ海軍金庫なのですが、TVニュースでは取り上げられず…。9日付の信濃毎日新聞と朝日新聞の記事を紹介します。