長野市が4月に設置した「公契約条例検討委員会」(委員長・三浦正士長野県立大助教)は、7月までに5回の委員会を開き、このほど市は委員会の検討論議を踏まえ、「長野市公契約等基本条例(案)骨子」をまとめました。今日8月25日から9月23日までの期間でパブリックコメントを実施し、12月定例会に条例案を提出する考えです。
➡「長野市公契約等基本条例(案)骨子」について、意義と課題を考えてみました。長文となってしまいましたが、最後まで一読いただければ幸いです。
公契約に関する条例制定は「大きな一歩前進」
3月市議会定例会で加藤市長が、長野市が発注する建設工事などの契約にあたり「最低制限価格の引き上げとともに、公契約条例に関し研究組織を立ち上げ、具体的に検討していく」と表明、また議会答弁で「公契約条例の制定に向け、より具体的な取り組みを進め、今年度中を目途に一定の方向性を示す」と述べてきたことによるものです。
私は公契約条例の制定について長年にわたり提案してきたことから、「大きな一歩前進」と評価する一方で、いかなる条例案の検討が行われるのか、いよいよ正念場」との認識を示してきたところです。
市では、これまで、「一定水準以上の賃金の支払いなどを義務付けるような条例は難しいが、公権力的な規制を規定せず、基本理念や市・事業者などの責務をより明確にするような条例は検討する必要がある」との認識を示してきました。私は、これに対し「例え、理念条例であっても、元受け段階から下請け・孫請けなどの事業者の労働者に適正な賃金の支払いが担保される仕組みの構築が必要」と質してきました。
背景には、長野県が制定した「県の契約に関する条例」が、県の公共工事等における労働者の賃金の下限額の設定を盛り込まない理念条例であること、また条例で定める契約審議会において「労働者の賃金が適正な水準にあり、その他の労働環境が整備されている」ことなどを検証することを通して、適正な賃金の確保を担保する方向性を不十分ながら示してきていることがあります。
➡これまでの私の議会質問
公契約条例とは?
公共事業や清掃・警備業務の労働者に賃金下限額を導入
国や地方自治体が質の高い公共サービスを市民に提供するために民間企業や民間団体に発注する建設工事の請負契約や公共施設の清掃・警備などの業務委託契約などが公契約です。
公契約条例は、国や地方自治体が公契約を締結する際に、地域経済の活性化や公共事業に携わる労働者の適正な賃金の確保や労働環境の向上を図るため、契約の相手である民間企業や民間団体と、自治体独自に賃金の下限額を定め、契約で合意し労働者に支払うことを約束しあう条例です。
市が強権的に下限額以上の賃金支払いを命じるものではなく、契約自由の原則に基づき、契約者双方の合意により効力を発生させようとするものです。
賃金下限額を独自に設定する条例は、例えば建設工事の場合、国土交通省が定める公共工事設計労務単価などを基準に、その85%とか90%という基準で賃金の下限額を定めている点が最大の特徴です。
理念条例を含め全国57自治体で制定
自治体独自に最低賃金法の最低賃金を上回る賃金下限額を設けた千葉県野田市での制定に始まる公契約条例は、川崎市、多摩市、新宿区など、自治体ごとに試行や工夫を凝らしながら、全国で23自治体(県は0、中核市3、その他一般市や区で20)で制定されています。
また、賃金下限額=賃金条項は設けないものの、基本理念や市及び受注者の責務等を定める公契約に関する条例を制定している自治体は、全国で34自治体(県は7、中核市は7)に上り、賃金条項を持つ「公契約条例」とは区別し、理念型の「公契約基本条例」という範疇分けがされています。
公契約における賃金や労働環境の適正化を目指す条例は、全国で57自治体(2020年4月現在、県段階では7、中核市では10)での制定に広がっています。
長野県の「県の契約に関する条例」は賃金条項を設けない公契約基本条例というべきもので理念条例です。
長野市がまとめた条例骨子案も「(仮称)公契約等基本条例」とされ、賃金条項を設けない理念条例です。長野市が制定する条例名を「公れ契約条例」ではなく「公契約等基本条例」とした点は、ある意味、ごまかしのない?誠実な姿勢といえます。
自治体が公契約条例や公契約基本条例制定に動く背景
公契約は、談合防止等のため多くの場合、競争入札で受注者が決定します。工事請負や業務委託の入札では、価格競争が激化し、低価格での落札が進み、その結果、サービスの質の低下や働く労働者の賃金が押さえられ、ワーキングプアとなる労働条件の悪化が社会問題となってきたことが背景にあります。
公共事業をはじめ公の仕事に携わる労働者の賃金の適正化・向上、生活できる賃金の底上げは地域経済の活性化に不可欠だからです。
国において、「公契約法」の制定を求める動きがありますが、なかなか実現の展望が開けない中、自治体が率先してワーキングプアの課題解決を図るために制定されてきているのが公契約条例なのです。
最低賃金法に基づく最低賃金の引上げ(例えば全国一律1500円の最低賃金の実現)が喫緊に求められるところですが、なかなか進まない現状も背景にあります。
公契約においても「最低賃金の確保が重要」とする意見がありますが、最低賃金法に基づく最低賃金は、すべての労働者に一方的に(権力的に)規制するものであることに対し、公契約条例に基づく最低賃金の規制(最賃以上の賃金下限額の設定)は、契約上の規制であって、契約当事者間を合意に基づき拘束するもので、基本的に性格が異なるものと考えられています。
要するに、公契約条例は、公が契約によって関与する仕事において、低コストのしわ寄せを受けることなく、安心して暮らすことのできる賃金を保障しようとするもので、下請事業者にまで適正な賃金支払いが行き届くような「予定価格」の設定、適正・公正な入札も必要となります。また、公契約における賃金水準の民間の契約への波及効果も期待されるところです。
長野市公契約等基本条例・骨子案のポイントと課題
長野市では、著しい低価格での受注により下請け等事業者等へのしわ寄せが及ばないよう、ダンピングを排除するとともに、入札における最低制限価格の引き上げや低入札調査基準華夏の設定範囲の見直し、総合評価落札方式の拡大に取り組んできています。
市もこの度の「条例制定の趣旨」において、「働き方改革関連法や新・担い手3法が施行され、その推進にあたって、適正な労働環境が整備されることが大事な要素となる」「建設業においては労働力不足が懸念される中、大規模災害の発生時などにおいて、市民生活や地域のインフラの守り手としての期待も高く、適正な労働環境のもとに技術者や労働力を確保し、将来にわたり事業活動を継続・発展していくことが、市民サービスの向上につながるものと考える」と指摘します。
問題意識は共有するところです。
公契約条例制定の意義の原点に立ち返りながら、「市公契約等基本条例(案)骨子」の課題を考えてみました。
【賃金下限額の設定、盛り込まれず】
「公契約条例」の肝である労働者に支払われる賃金の下限額の設定=賃金条項は盛り込まれていません。検討委員会における議論の最大の論点でした。
理念型条例…結論ありき
もっとも、市側は当初から「一定水準以上の賃金支払いを義務付けるような条例は困難」との認識を示し、賃金や労働環境の向上の必要性を謳う理念型条例を想定していましたから、賃金条項に関しては「結論ありき」の検討委員会になったものと受け止めています。果たしてそれで適正な賃金の向上、労働環境の向上がそれこそ適正に担保できるのかは、別問題です。
検討委員長…理念型から賃金型へのステップアップの必要性を示唆
検討委員会委員長は議論の中で「賃金型にするのであれば、下限額の設定など、非常に慎重かつ精緻な議論が求められる。短期間でそれを確定していくのは極めて困難と感じる。しかし、まずは理念型でスタートしながら、下限額の設定等について継続的に検討していく市としての責務の書き込み、さらなる公契約条例のブラッシュアップ、ステップアップの方向性は示すことができるのではないか」(第4回検討委員会)といった問題意識を示してきています。
ステップアップ・発展形の検討の道筋は、条例・骨子案では定かではありません。賃金条項の必要性を指摘する取り組み、理念型から賃金型へステップアップしていく方向性を明示しうる取り組みが問われていると考えます。
そのうえで、条例骨子案のポイントをざっくり整理すると、
【目的・基本理念】
長野市が発注するすべての公契約(指定管理協定も含む)を対象に契約・協定の公正性・競争性・透明性を確保することで、談合などの不正行為の排除はもとより、公共サービスの品質の確保、市内事業者の受注機会の確保を図るとともに、労働者の賃金及び労働環境の適正化(={向上}というべきところです)をすすめ、人材の確保・育成を図ることなどを基本理念とし、発注者である市及び受注者等(下請事業者を含む)の責務を明示することで、地域経済の健全な発展、市民が幸せを実感し安心して暮らすことができる持続可能な地域社会の実現を目的とします。
条例の「公契約」は建設工事請負契約や業務委託契約にとどまらず指定管理者制度に基づく指定管理協定も対象としていること、また労働者の範疇も、重層的な下請け構造に鑑みすべての下請け労働者や一人親方、派遣労働者も対象としていること、また持続可能な社会の実現を盛り込んだことは評価すべき点でしょう。
【労働環境報告書の提出】
労働者の賃金等適正な労働環境の確保を図るため、予定価格1億円以上の建設工事及び予定価格1千万円以上の業務委託の契約を対象に、元請けのみならず下請負者を含め、職種ごとの賃金、労働時間、安全衛生、保険加入状況等の「労働環境報告書」の提出を義務付けています。
賃金については、職種ごとの設計労務単価も併せて記入し比較できるようにするとしてきています。
条例の目的に沿って実態を検証するため、条例制定自治体で導入されている仕組みです。予定価格の1億円、1千万円は多くの自治体で採用されている線引きではありますが、長野市の契約では建設工事1億円以上は28件・3.5%(H30年度)、1千万円以上の業務委託は122件・13.3%(H30年度)と対象契約件数は限定的であり、条例の趣旨の実効性を考えれば予定価格の引き下げが検討されるべきでしょう。
条例骨子案では、「労働環境報告書の提出義務」が元受け段階から下請け・孫請けなどの事業者の労働者に適正な賃金の支払いが担保される仕組みということになるのでしょう。「報告書」の記載事項をはじめとする作りこみ、実効性について精査し検証することが求められます。
【法令違反等の労働者からの申出と不利益取り扱いの禁止】
労働環境に法令違反等の疑いがある場合には、当該労働者から市に対して申し出ができるとし、当該労働者に対して不利益な扱いを禁止します。
当然でしょう。下請けまで含めたすべての労働者への直接周知、相談窓口の開設も必要と考えられます。
【条例及び法令違反に対する市の措置】
市は、受注者等に対し資料の提出や質問することができ、改善を求めることができるとともに、市の求めに応じない場合は、指名停止や事実公表など必要な措置を行うことができると規定します。
立入調査等は盛り込まれていません。
【条例運用の検証のための「協議の場」】
市は条例の運用状況の検証を行い、必要に応じ、学識経験を有する者、事業者等その他関係団体との協議の場を設けるとします。
必要に応じ設けるとされる「協議の場」は、附属機関として条例に定める審議会ではなく、任意の「協議の場」=例えば「検討委員会」に過ぎず、必要に応じた市の裁量に委ねられることになり、協議結果についても市に対する拘束力を持たない参考意見にとどまることになります。「契約審議会」的な附属機関として設置すべきでしょう。併せて、検証結果の議会への報告も求めたいところです。
「賃金は事業者の裁量」…下請け労働者は報われない
市側は、検討委員会の議論から、三つの論点を整理しています。
一つは賃金規定の必要性について、二つは事業者からの労働環境の報告について、三つは労働者の申出手続きについてです。
ここでは、賃金規定の必要性に絞って、私の考え方を整理したいと思います。
賃金条項の導入巡り賛否両論
委員会での議論のポイントは、労働者団体代表や弁護士からの「公共工事設計労務単価の一定割合など市独自の賃金下限額を定めるべき」との意見に対し、商工会議所や建設業協会など事業者団体代表からは「最低賃金法に基づく最低賃金の確保で十分、労働時間など労働環境全般向上を図るべき」「熟練者や若者の賃金差、公契約と民間契約の差異、経営における裁量の幅が狭まるなどの弊害が生じる恐れがあり、市独自の賃金下限額は定めるべきではない」との意見が出され、賛否両論のまま、短期間の議論であることから「まずは賃金規定を設けない理念型条例でスタートさせることが望ましい」といった趣旨でまとめられてきました。
市は、これらの意見を踏まえ、「市独自の賃金下限額を定めることには賛否両論があったが、労働環境報告書の提出の仕組みや労働者からの申出等の仕組みを作ることで、条例の実効性を担保しつつ、独自の賃金下限額を設けない条例とする」としています。
「賃金決定は事業者の裁量」…さや抜き・ピンハネの容認?
労働者の賃金の決定は最低賃金の確保が重要で基本的に「事業者の裁量」とする意見に与することはできません。重層的な下請け構造の中でさや抜き・ピンハネを容認することに繋がりかねません。これでは下請け労働者は報われません。
さや抜き構造の改革問われる
公契約条例において、賃金条項を設定する目的は、度重なる入札改革でも根絶されない重層下請けにおける賃金等のさや抜き構造を改革し、またダンピング受注のリスクを労働者に押し付けて利益を出そうとする「不良」「悪質」事業者を公契約から排除することにあると考えます。そのために「一定金額以上の賃金支払い」を保証することを入札参加要件並びに公契約受注者の責務と定めているのです。
少なくとも賃金下限額を定める公契約条例制定の意義が共通認識にまで醸成・熟成されていないことの表れだと考えます。
公共工事設計労務単価に基づく賃金
労働者側委員が賃金下限額の基準として挙げた「公共工事設計労務単価」は、建設工事など公共事業における労働者の賃金単価で、公共工事の積算に使われる基準です。
国土交通省は労働者本人が受け取るべき賃金をもとに、日額換算値(所定内労働時間8時間)として労務単価を設定しているもので、日給制の労働者が受け取る日当よりも広い概念とし、法定福利費(個人負担分)も全額反映させるものとします。
この労務単価には、事業主が負担すべき必要経費(事業主分の法定福利費、安全管理費等)は含まれず、事業主が下請け代金に必要経費分を計上しない、または下請代金から必要経費を値引くことは不当行為であるとしています。
この点は、現場に徹底されてない大きな問題でしょう。
設計労務単価の63%の賃金実態…建設労連調べ
建設労連の調査によると、公共工事従事者の常用手間請け賃金や一人親方の実質賃金を公共工事設計労務単価と比較すると、設計労務単価の63%といった実態が浮かび上がります。平均割合に近い塗装・看板・ガン吹工の1カ月を21日とすると、月収で181,692円、年収では2,180,304円もの差が生じることになっています。
設計労務単価は、社会保険加入を勧める観点から2013年から2019年までで48%引き上げられてきていますが、賃金には反映されてきていないのです。
賃金下限額の基準を設計労務単価の一定割合とすることに「根拠として不明確」との意見があります。一定割合について自治体ごとに80%であったり90%であったりしていますから、ある意味、根拠としては不明確かもしれませんが、設計労務単価を基準に賃金水準を推し量るという試みには妥当性があると考えるべきでしょう。
業務委託契約における賃金下限額
業務委託契約では、公共工事設計労務単価のような人件費に関する公の積算基準がないため、①生活保護基準や②賃金センサス等による職種別賃金、③公務の類似職種の初任給など、自治体ごとに工夫されている現状にあります。
生活保護基準については見直されている自治体が多く、公務員の高卒初任給を基準とする自治体が増えているようです。
この点について、さらに調査したいと思います。
長野市公契約等基本条例骨子案に対し、意見を上げよう
8月25日から条例骨子案に対するパブリックコメントが始まりました。9月23日までです。
➡長野市HP=(仮称)長野市公契約等基本条例(案)骨子に対する意見募集
長野市の条例制定に向けた前向きな姿勢を評価しつつも、公の仕事に従事する労働者の適正な賃金の確保、労働環境の向上に向けて、よりよい実効性のある条例にしていくために市民の声を上げることを呼びかけます。
ポイントは…
➊公共工事設計労務単価を基準とする賃金下限額の設定を盛り込み、建設工事等における適正な賃金の支払い、労働環境の向上を実現すること。
➋労働環境報告書の提出義務の対象となる工事請負・業務委託の予定価格を引き下げ、対象を拡大すること。
➌法令違反等の労働者の申出について、すべての労働者に周知する趣旨及び相談窓口の開設を条例に盛り込むこと。
➍条例及び法令違反事案に対し、市が立ち入り調査する事項を盛り込むこと。
➎「協議の場」は、市の附属機関となる審議会の設置とし、条例の運用及び効果について恒常的に検証するとともに、3年から5年の期間内において条例をステップアップさせる条例見直し規定を明記すること。
より実効性のある条例にしていく観点から、9月市議会定例会で質問に取り上げる予定です。
条例骨子案の意義と課題を質すとともに、結論ありきとならざるを得なかった検討委員会の設置及び構成についても質す予定です。
ご意見をお寄せいただければ幸いです。