台風19号の甚大な災害発生から1カ月と2週間…避難所から市営住宅や県営住宅、アパート等の借上型仮設住宅等の仮住まいへの移動・転出が進むとはいえ、未だに避難所には255世帯572人(25日7時現在の集計による)の市民が身を寄せています。
北部スポーツレクリエーションパークや長野運動公園体育館、豊野西小学校体育館などの指定避難所10カ所に241世帯644人、自主避難所とされる豊野北公民館には6世帯12人、福祉避難所の北部保健センターには4世帯5人、アゼリア飯綱・さぎり荘などの二次避難所に4世帯11人です。
11月30日で各避難所閉鎖、統合避難所1カ所で12月20日まで
予てより11月末を目途に仮住まいの提供環境を整え避難所解消を図りたいとしてきた長野市は11月26日、避難所運営について「各避難所を11月30日で閉じる」ことを発表し、11月30日までに仮住まいが決まらない避難者の皆さんを対象に長野運動公園体育館を統合避難所として12月20日まで開設する方針を示しました。
移動準備期間として12月3日の朝食までは現避難所で提供するとされ、3日で完全閉鎖することになります。
また、統合避難所では12月4日から10日までの間、朝食のみの提供とされています。
「赤紙が来ちゃった」
26日夜、訪問した豊野北公民館では、86歳で一人暮らしのTさん(女性)から、私の顔を見るなり、「布目さん、赤紙が来ちゃったよ!もうここにいられないんだから、早く引越ししなくちゃ。お願いしますね」と訴えられました。
「11月30日で避難所を閉じる。統合避難所を長野運動公園1カ所で12月20日まで開設」を説明する市が作成した資料が赤字で強調されているためです。
Tさんは既に須坂市内の民間アパートへの引っ越しが決まり、鍵の引き渡しが29日に予定されているのですが、やはり「追い出され感」は強く、心理的な負担がとても大きいことが伺えます。「赤紙」との表現は私には衝撃です。
行政にも重く受け止めてもらいたいものです。
最大で86世帯が避難所に、内25世帯が仮住まい未定
27日付の信濃毎日新聞では、「応急仮設住宅への入居が間に合わないなどの理由で、最大86世帯が避難所を出られない見込み」「このうち25世帯が好き先未定」と報じました。
仮設への入居が間に合わない世帯、仮住まい未定の世帯など各避難所ごとの世帯数と見通しについて、避難所運営を担当する市教育委員会総務課に照会していますが、日々刻刻変化しているため、「きちんと集約したうえで報告したい」とするにとどまっています。
そもそも、十分な意向調査を踏まえての発表となったのか、いささか、拙速な対応が否めないと言わざるを得ません。
応急仮設住宅の応募、5割にとどまる
市内4カ所に建設中の仮設住宅115戸に対する募集は約5割にとどまっています。高齢者等を優先する「1K」の住宅は募集数を上回ったものの、「2DK」「3DK」の広さの住宅は空きが目立っているようです。
被災現住所から離れてしまうことへの懸念や、住宅建設地周辺の利便性、子どもの通園・通学の利便性などが要因と考えられます。
市では、引き続き募集・斡旋し、仮住まい決定を促進したいとしています。望むところです。
避難所の集約・統合は避けられないものの、被災者への寄り添いを忘れてはならない
私自身は、避難所の集約・統合は避けられないと考えていますが、避難住民の皆さんに「追い出され感」「疎外感」を抱かせるような強引な進め方をしてはならないと釘を刺してきました。一人ひとりの被災者への寄り添いを忘れるな!ということです。
避難所閉鎖・統合避難所運営方針の問題点・課題
思いつくままですが、避難所担当課につなぎながら、しっかりとした対応を求めているところです。
一つは、繰り返しになりますが、行政からの押し付けにしないこと。あくまでも避難住民の意向やニーズを尊重し寄り添った対応を図ること。
二つは、統合避難所での食事提供を朝食のみにしていることについて、ニーズ把握ができているのか。炊き出し等のボランティア支援との連携をどう図るのか。
三つは、特に一人暮らし高齢者、要支援者への十分な対応を図ること。
四つは、統合避難所からの自宅への通いの交通手段の確保。
五つは、保育園・小中学校への登下校の交通手段の確保。
また、被災者・避難者の皆さんは、地域コミュニティを離れ市内各地の仮設住宅への分散が進むことになります。さらに在宅避難者の皆さんへの支援も不可欠です。
そうした観点からの課題として
一つに、仮設住宅等に移動した皆さんへの物資・健康面での継続的な支援
二つに、被災者支援拠点・地域交流拠点の拡大と運営
三つに、在宅避難者の皆さんの実態及びニーズをしっかりと把握し、必要な支援を行き渡らせること。被災者データベースの作成。
自主避難所・豊野北公民館では…
自主避難所とされてきた豊野北公民館。8世帯16人が避難されていましたが、26日夜現在、民間アパートに引っ越しを完了された世帯が4世帯で、残る4世帯7人が避難所生活を余儀なくされています。
25日朝の段階で、中核市からの人的支援が終了し、再び、地元豊野区・自治会の自主運営に回帰してしまいました。市の職員配置を強く求めてきましたが、適っていません。
有難いことに、NPO法人レスキュー・ストックヤード(名古屋市)から泊まり込みでの人的支援が入り、随分と助かっている状況です。しかし、29日の昼までです。
残る4世帯のうち、3世帯が民間アパートに、1世帯が応急仮設住宅に入居が決定し、29日に3世帯が引っ越しを予定しています。
建設型の仮設住宅は鍵の引き渡しが12月1日となることから、1日朝まで避難所にとどまることになります。
私はこの間、豊野北公民館に避難される被災者の皆さんの支援に入ってきました。
ようやく、皆さんの仮住まい先が決定し、一安心です。布団や生活必需品など仮住まいでの必須物資の支援も不十分ながら取り組んできました。災害救助法に基づく生活必需品の支援や県が発表したイオン・リテールと連携した家財等の斡旋支援(通常価格の2割~3割引き)も、仮住まいへの引っ越しのタイミングとマッチせず、行政の支援が立ち遅れになってしまっていることが課題です。
29日には2世帯の引っ越し、12月1日には1世帯の引っ越しをトラックを調達して手伝う予定です。30日は高齢のKさん一人が避難所に残るため、地元自治会の了解を得て避難所泊り支援に入る予定です。