「五月雨や 雪はいづこの 志なの山」…これは、1791年(寛政3年)に小林一茶が江戸から信濃町柏原への帰途に、小市の渡しから犀川を渡った折に詠んだ句です。
30日、安茂里小市の有志でつくる「一茶の句碑を建てる会」(顧問=塚田佐・元長野市長、会長=塚田武司さん)が取り組んできた句碑の除幕式が、90人余りの住民の皆さんが集う中、盛大に執り行われました。
句碑が建立された場所は安茂里公民館小市分室の駐車場の一画で、かつて安茂里小学校小市分校があった場所です。
小市の渡しで小林一茶が詠んだ俳句があることがわかり、句碑にして語り継ごうと昨年10月に発起人会がつくられ、小市4区(小市・園沖・小板団地・小市南団地)の住民に寄付を呼びかけ、句碑建立に結実したものです。約190人の方から130万円の寄付が集められました。
発起人の皆さんの情熱には頭が下がります。
句碑の石は、木曽の御嶽山で採掘された御嶽黒光真石で、句碑の文字は一茶の「寛政三年紀行」から真筆(一茶直筆)が刻まれました。
地元松ヶ丘小学校の児童や発起人会の皆さんと一緒に除幕をさせていただきました。(除幕の瞬間の写真は後刻)
祝賀会では、発起人の皆さんや寄付をされた皆さんに心から敬意と感謝を申し上げながら、「225年の時空を超えて一茶が蘇った想い。小市の皆さんの故郷を愛する心の結晶であり、地域の魅力再発見につながる安茂里小市の宝。100年、200年と語り継がれ守り続けられることを念願します」とお祝いの言葉を述べさせていただきました。
また、日本独自の定型詩文化である「俳句」が静かなブームとして広がっている中、「一茶の句碑建立を機に、子ども達が俳句に触れ、素晴らしい俳人が育っていくことも期待したい」と付け加えました。
安茂里小市の宝として、永く大切にしていきたいものです。