1.廃止となった旧屋代線のLRT化…「現時点では導入が困難」
(1)30日に開かれた交通対策審議会は、3月末に廃止となった旧屋代線へのLRT(次世代型路面電車)の導入について、「現時点では困難」と結論付け、市長に答申した。
この日の審議会は、20日に開かれた新交通システム導入検討部会でまとめられた、「現時点では導入は困難である」との『中間報告』に沿って協議・確認を行ったもので、「初期投資に概算で158億円、運行費に年間9.2億円。沿線の人口密度から、採算をとるには1人当たり平均約1,650円の運賃が必要となり、旧屋代線並み運賃で運行すると年間およそ8億円の赤字を市が補てんしなければならない」との報告に対し、「事業費や利用者数の見込みを考えると現実的ではない。導入困難とのまとめはやむを得ない」との意見が大勢を占めた。
【写真右:7月30日の交通対策審議会】
(2)長野市は、沿線住民の要望と昨年12月議会での地元からの請願可決を受けて、長野電鉄屋代線の鉄路敷地や鉄道施設等を活用した新たな軌道系交通システム(LRT=ライトレールトランジット)等の導入と、市の基幹的公共交通の整備を図るためにLRTを含む新交通システム導入の可能性について検討することとし、交通対策審議会に諮問してきた。
新交通システムの検討は、将来のまちづくりを見据え、市内一円を対象に5つの路線整備をケースとするものだが、旧屋代線に関しては、長野電鉄から一括無償譲渡の提案を受けていること、LRT導入の可能性が廃線跡地の活用方法と密接に関連することから、優先的に検討されてきたものである。
*調査検討される5つの路線ケース
検討ケース |
分類 |
区間 |
延長 |
ケースA |
屋代線活用 |
屋代~須坂(旧屋代線活用) |
25㎞ |
ケースB |
屋代線活用 |
JR長野駅~赤十字病院からビッグハット~川中島古戦場~松代~若穂 |
14㎞ |
ケースC |
都市内交通 |
JR長野駅~ビッグハット~川中島古戦場~南長野運動公園~JR篠ノ井駅 |
13㎞ |
ケースD |
都市内交通 |
JR長野駅~中央通~善光寺 |
3㎞ |
ケースE |
都市内交通 |
JR長野駅~エムウェーブ~若穂 |
8㎞ |
(3)旧屋代線への導入可能性を「現時点では困難」とする結論は、現実的な判断としてやむを得ないものと受け止める。
私自身は、旧屋代線跡地の3市に亘る一体的活用を考慮すると「BRT=バス専用道路化」が最も現実的であり、河東地域における公共交通の軸を設定することができると考えてはいる。
しかし、この「導入困難」を結論付けた今回の検討手法によれば、残された4つのケースにおいても同様に「導入困難」との結論が導かれ兼ねないとの危惧を抱くものである。
新交通システムの検討は、LRTだけでなくBRT(バスラピッドトランジット=バスによる大量高速輸送)なども含めて検討されるものとはいえ、「次世代型」といわれる公共交通モードとして利便性・輸送性・環境性に優れたLRTの導入検討が柱となることから、高齢社会においてより重要となる市民の交通移動権を確立する観点から、将来のまちづくりのビジョンと一体で多面的に検討されなければならない。
(4)今回の「中間報告」は、業務委託したパシフィックコンサルタントの報告に基づくものであるが、三セクで運営する、7.6㎞の富山ライトレールの整備費や運行事業費を単純にモデルとして概算事業費の算出を行っている点、10年前(H13年)に行ったパーソントリップ調査から人口動態等の係数をかけて沿線の公共交通分担率及び需要推計を試算している点、また公共交通への利用転換、公共交通を軸としたまちづくりの政策展開の視点が希薄である点などが課題として残る。さらに河東地域のまちづくりを見据え、公共交通の柱が旧屋代線の代替バス運行だけで足りるのか、旧屋代線の跡地をどのように活かすのかといった視点も欠かせない。
市では、新交通システムの導入可能性の検討結果を踏まえ、H25年度には長野市版の公共交通ビジョンの策定に取りかかるとしているだけに、新交通システム導入の検討手法、検討経過及び結果を多角的に検証し、新しいまちづくりに活かしていくことが重要であると考える。
2.中間報告の概要と検討手法の問題点
(1)利便性をマックスに高める運行計画
➊旧屋代線の鉄道施設の内、使えるものと使えないもの、新設・改良が必要なものを把握した上で、運行計画を設定。➋運行サービス水準を下記に設定、LRTの特性を生かし利便性向上を図る運行サービス水準である。
キロ程 |
屋代~須坂間24.4㎞ |
運行時間 |
午前6時から午後11時まで |
運行便数 |
LRV車両11編成(22両)で1日60本・120便
15分間隔(午前6時台と午後8時以降は30分間隔) |
運転時間 |
58分間(停車駅が増えるため)
旧屋代線に比べ22分増加、代替バスに比べ9分短縮 |
表定速度 |
25㎞/h(駅停車時間を含む) |
新駅 |
平均駅間距離870mで16駅新設、計29駅 |
➌前記の運行サービスを確保するために、次の通り、諸施設の改修・新設が必要とされる。
変電所 |
直流600Vに降圧。綿内・岩野・金井山の4カ所に新設。費用2.8億円/箇所 |
車庫・工場・本社 |
金井山駅に新設 |
車輛数 |
LRV車両11編成(22両)新規導入 |
軌道設備 |
50Nレール・PCマクラギ化 |
行き違い設備 |
7箇所(既存2駅・新設5駅) |
ホーム |
38箇所(案内表示・上屋設置)既存ホームは撤去・新設 |
トンネル |
トンネル内面をモルタル補強 |
橋梁 |
下部工は撤去・新設または耐震改修。上部工は耐震補強(H11/10月以前) |
電路・信号設備 |
富山LRT並みの改修 |
(2)初期投資に158億円、運行経費に年間9.2億円と試算
➊前記した運行サービスを前提とした施設整備に必要な初期投資額は158億円と試算される。キロ当たり約6.5億円。財源は国の地域公共交通確保維持改善事業の補助金30億、市の負担は128億円と試算。
費目 |
金額 |
内訳 |
用地費 |
2億円 |
行き違い駅、変電所の用地費 |
土木費 |
18億円 |
橋梁やトンネルの耐震補強 |
軌道費 |
38億円 |
新設軌道、重軌条化、分岐器敷設、走行路盤 |
停留所費 |
7億円 |
ホーム、ホーム上屋、既設ホーム撤去 |
諸建物費 |
2億円 |
本社建物、屋代駅・跨線橋、屋代駅エレベータ |
電気費 |
41億円 |
変電所、電路・信号保安・通信・踏切・運行案内 |
車庫費 |
6億円 |
軌道、電路、検修庫、機械設備等 |
車輛費 |
31億円 |
低床式路面電車(LRV)11編成 |
総係費 |
14億円 |
調査・設計費、測量・監督費、その他経費 |
合計 |
158億円 |
キロ当たり6.5億円 |
旧屋代線の運行サービス水準(駅数・運行サービス同じ)でLRTを導入した場合では、駅を増加させた場合は総額で128億円(国22億円・市106億円)、増加させない場合でも総額75億円(国3億円、市72億円)と試算された。
➋上下分離方式を前提とし、富山ライトレールのキロ当たり営業費860円を基本に、1日120便運行すると、1日当たり252万3千円の運行費、年間で9.2億円に上るとする。
➌LRTの特性を生かした運行サービス水準を前提とするのだが、快適性を別とすれば、現在の軌道をそのまま使用することは可能であるとされるし、国の補助金の活用にあたっても、地域公共工維持確保改善事業の補助スキーム(国=3分の1)だけでなく、社会資本整備交付金の補助スキーム(国=10分の5.5)の活用について、国交省と詰める必要があろう。国交省サイドでは旧屋代線跡地に関しても社会資本整備交付金の活用に余地があるとしているのだから。
現実的な有効性を検討しうる範疇を超えるような過大な総事業費の試算、国補助金の活用の吟味、市負担額の適正な積算に課題を残している。
(3)需要推計…駅を増やしても1530トリップ(人)で旧屋代線に比べ240人増
➊H13年のパーソントリップ調査をもとに、定住人口の変化や交通手段別所要時間の係数により算出された需要推計は、1530トリップ(人)で、代替バスの840トリップに比べ690トリップの増、1.82倍となるものの、旧屋代線時代の1290トリップに比較すると240トリップの増に止まる。
➋沿線では「人の動き」として87460トリップあるとされるが、LRT化しても自動車利用は86020から85570と、450トリップしか公共交通に転換しないとの推計だ。新駅を6駅増やしているにも関わらずである。沿線の500m圏内の人口密度が1350人/㎢と低いためとされるのだが、説得力に欠ける推計といわなければならない。
➌中心市街地に向かうトリップの比重が高く、沿線を平行移動するトリップはもともと少ないとは思われるが、LRT化、そして新駅増設による公共交通への利用転換が450トリップしかなく、旧屋代線に比べ240トリップしか増えないというのは、余りに過小評価ではないかとの疑念が残る。むしろ、公共交通利用転換への政策誘導が無策のまま、現状の交通分担率だけで、新しい公共交通モードの位置づけを考えるところに無理があるといわなければならない。
➍そもそも、10年前のパーソントリップ調査を基に推計されていることが問題である。高齢化による移動の制限、買い物難民の発生、地球温暖化防止への取り組みなど、この10年間の市民生活の変化や意識変化は、補正係数で推し量れるものではないはずである。
新交通システムの導入、公共交通ビジョンづくりを考えると、現在地点でのパーソントリップ調査が欠かせないのである。
(4)利用者1530トリップを基に収支均衡を図る運賃は1650円
➊運行経費9.2億円と利用者である1530トリップをもとに算出される、収支均衡を図る運賃は平均1乗車1650円となり、屋代線実績の約9倍とされる。
また、旧屋代線の平均運賃190円を想定し、収支均衡を図るとすると、LRT屋代線を往復利用する観光客が毎日5900人(年間215万人)必要になるともされる。現在の松代観光客が60万人であることを考えると、1200万人新観光プランをもってしても、現実的ではないといえよう。
➋しかしながら、実際の鉄道・軌道経営で、収支均衡を図るような単純な運賃は設定されていないことである。この方式を採用すれば、地方ローカル鉄道や軌道式路面電車の経営は成り立たないのである。
旧屋代線の運賃とすると、年間約8億円の赤字となり、市が負担しなければならないとされるが、導入困難を裏付ける机上の論理といわなければならない。
➌富山LRTを含め全国の鉄軌道が赤字で運行されている現実を考えると、利用促進をいかに図るか、赤字分を営業外収入でどのように補完するのか、そして利用者にどこまで負担してもらうのかといった検討こそが必要とされる。
(5)158億円の事業費に対し、50年間で36.64億円の便益
➊所要時間の短縮による利用者への効果、道路の混雑緩和や交通事故の削減、NOXやCO2削減の環境改善の効果を便益として算出すると、LRT化の便益は、年間1.64億円、30年間で29.50億円、50年間でも36.64億円と算出され、総事業費の約158億円を考えると、50年間でも純便益が生じないとされる。
➋LRTの魅力、路面電車がある事の安心感、ランドマーク効果などのLRTの存在効果が、便益としてカウントされていない数字である。沿線の歴史的・文化的拠点の存在、まちづくりへの貢献度は重要な要素である。
(6)「導入困難ありき」の総合評価
以上のような推計値を基に、旧屋代線にLRT導入を可能にすたるためには、「沿線人口の大幅な増加またはLRT利用の観光客の大幅な増加が必要となるが、現時点ではそれを見込める可能性は低い」とするとともに、「旧屋代線並みの運賃であれば年間8億円の赤字を市が負担することになるが、沿線住民の移動手段を確保する行政の役割に見合うのか、利用見込み数と代替バスが運行されている状況を考慮すると、市民の理解を得ることは難しい」と評価した。
こうした検討結果からは、自ずと「導入困難」との結論が導かれることになるのである。
(7)過大な事業費見込、過小な利用予測…極論で市民に問う手法
運行サービスをかなり高度に設定しているがゆえに、どうしても過大な事業費を見積もることになり、また市民の生活スタイル、意識変化を考慮しない過小な利用予測によって、LRT導入を困難と裏付ける論理展開となっていることが問題であるといえよう。
さらに、最終的に、利用者には「運賃1650円になりますが利用しますか」と問いかけ、市民には「年間8億円の赤字を負担することに合意しますか」と問いかける、いずれも極論の問いかけである。極論をもってして市民合意を問うような論理展開は、「結論ありき」とのそしりを免れない。もっと知恵と工夫が求められよう。
3.問われる利用者・行政・交通事業者の役割分担・費用分担、そして公共交通への利用転換
(1)地域公共交通の再生には、行政、事業者、利用者の役割分担が必要であり、相互に連携した取り組みが必要であると、行政も主張してきたはずである。
市内一円での新交通システムの導入の検討、さらに長野市版公共交通ビジョンの策定にとりかかろうとする今日、収支均衡論の採算性だけで公共交通網の整備を考えると、新しいことは何もできなくなってしまうのではないだろうか。
(2)必要な交通ネットワークの整備にあたり、行政支援としてどこまで赤字を負担できるのか、利用者にどこまでの負担を求めるのか、運行主体である事業者にどれだけ経営努力してもらうのか、さらに利用促進を図ることでどれだけ負担を軽減することができるのか、それぞれ一定の目安を示しながら、市民の理解を得ていく姿勢が問われる。
(3)いずれにしても、公共交通への利用転換・利用促進を図る政策誘導・政策展開、公共交通を軸としたまちづくりの発想が不可欠なのである。
便利なマイカーから公共交通に乗り換えるにはインセンティブが必要である。このインセンティブを政策的に体系化することを始めなければならない。
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